東寿し(あずまずし)
松本市大手4−8−21
TEL:0263-32-2946
定休日:水曜日 P.無し
営業時間:
午前11:30〜午後2:00
午後5:00〜午後10:00

松本の昔話

旧制高等学校

旧制高等学校とは、東京帝国大学(現東京大学)への進学の特権を持ついわばエリート校でありながら、 各校独立した性格を持つ世界にも類のない学制の学校だった。

明治32年以来20年の歳月をかけて松本市は高等学校の誘致活動を展開し、大正8年に 全国41校中9番目という早さで、松本高等学校が誕生した。
以来、市民も市当局も松高を大切に扱った。教官や学生は、他の都市にも増して数々の予期せぬ好意を市民から 受けることになる。いわば、松高は松本市の誇りだった。
当時の同年齢の人口約150万人のうち、旧制高等学校への進学者は約8000人。 人口比では、約0.53%であった。現在のざっと100分の1の人。

ちなみに「バンカラ」とは、野蛮なハイカラだそうだ。

あがたの森の「旧制高等学校記念館」に、東寿しの取材ビデオが常設されています。
是非お立ち寄りください。

※ 以下の写真をクリックすると、大きな写真が別ウィンドウで表示されます。

「学生さん」
●うちのおばあちゃんも「学生さん」とさん付けで呼んでいました。

苦学生にごちそう
●苦学生にはずいぶんとごちそうしてあげたみたいです。

お酒の値段がこれくらい
●年代不詳ですが酒一合15銭、ビール1本50銭...

「立ち食い」
●これぞ「立ち食い」

当時の寿しの値段がわかる
●当時の寿司の値段がわかる
御寿し:25銭、ちらし丼:25銭、鉄火丼:35銭。
昭和5年に日本映画の封切り入場料が約40銭。
それと比べると今の感覚とそれほど変わらないかも......


松本界隈

照明学会の石川栄耀という人は、日本の多くの街を見て歩いた人だが、 昭和13年の松本の街を視察し、次のように云っている。
「盛り場の構造から云えば、松本は日本で十指のひとつに入るのではないかと思う。 縄手の広場(千歳橋袂)を中心に、上土、六九町、本町、伊勢町と4本の 商店街を放射している。もし、上土が緑町と構成する分を浅草的要素と見なすなら、 小さいながらにまとまった点では、日本の盛り場の4、5位に位するのではないかと さえ思われる。」
(『松本縄手繁盛記』より)

・・・今と比べれば、楽しくておもしろい、そして活力のある町であったわけだ。 映画館、花柳界、パチンコ店、食堂、カフェバー・・・・・・このあたり(緑町)には、 かろうじて当時の面影をしのばせる町並みが、ひっそりと残っている。